うどん屋を継がなかった僕が残す記録、はじめました

イッチー
どうも、こんにちは。柔らかく手触りがツルツルの縮毛矯正『ストレートエステ』が得意、京都府宮津市DDY hairのイッチーです。

地元で40年以上続くうどん屋の息子として店は継がなかった僕が、父の仕事を“直接ではなく別の形で受け取り、残していきたい”と思い立ち、そのリアルな話と新しく始めた連載について今日は書こうと思います。

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うどん屋の息子が美容師になった

僕は宮津で40年以上続くうどん屋「どんどんや」の息子です。でも、店は継ぎませんでした。

京都府北部・宮津市で続いてきた手打ち本うどんと丼の店「どんどんや」。
子どもの頃、家で父が麺の仕込みをしている姿を見ながら育ち、しょっちゅう店に行っては当たり前のようにうどんを食べる。
そんな時間が、今でも僕の中に当たり前の風景として残っています。

でも僕は、美容師になった。

反発とか、ドラマみたいな対立があったわけじゃないです。

きっかけは単純で、中学のときに友達の髪を切った体験が、ただ楽しかったからです。
ハサミを持った瞬間の高揚感が、ずっと残っていました。

正直、うどん屋を継がなかったことに迷いがゼロかと言われたら、そんなことないです。
もちろん選択肢にはあったし、悩みもしました。
「父は継いでほしいと思っているのでは?」と考える瞬間も、正直ありました。

でも、父の店を継ぐことだけが恩返しじゃない。
自分で決めた道をちゃんと歩くことも、
一つの返し方だと思いました。

継がなかった立場から、残すということ

両親が70代になり、まだまだ元気ではあるけど、
どんどんやの終わりが遠い話じゃなくなってきたと感じます。

DDY hairの名前は、実はどんどんやから来ているし、名前だけ継がせてもらった。でも、それだけでは足りない気がした。

継がなかったからこそ、違う形で残せるんじゃないかと思ったんです。

技術も、レシピも、判断も。
どれか一つじゃなくて、全部がどんどんやを支えてきた。
だから、その一つひとつを残すことに意味があると思いました。

そのために、noteという場で連載を始めることにしました。

父に質問したら、想像以上の回答が返ってきた

連載を始めるにあたり、数十項目の質問をまとめて父に渡しました。

「なぜうどんと丼の専門店にしたの?」
「続ける中で一番きつかった時期は?」
「広げる選択をしなかった理由は?」
「出汁のレシピはどうやって決めたの?」

しっかり答えてくれると期待して渡した質問に、想像以上の量の回答が返ってきました。

麺の打ち方、出汁の取り方。
店をどう続けてきたのか、その判断や流れも聞いた。

どれかが中心というより、全部がこの店そのもので、すごくリアルでした。
その答えの厚みから、父の思いや芯の強さが伝わってきました。

「ああ、この人は本気で人生をかけてきたんだな」と改めて感じましたね。

なぜ、いま記録するのか

父も70代。
まだ元気です。でも、ずっとこのままじゃない。

店は今も続いているけど、永遠じゃない。
人の記憶って、案外あっさり消えます。
当たり前だった話ほど、後から聞こうとすると出てこない。

だから今しかないと思いました。
父から直接聞ける今のうちに、どんどんやの存在をちゃんと残しておきたい。
と思いました。

僕は継げない。
でも、消えていくのを黙って見ているのも違うと思った。

技術でもレシピでも、考え方でも、
もし誰かの役に立つなら嬉しい。
父も公開することを了承してくれています。

継いではいないけど、無関係でもない。
だからこそ、感情で美化しすぎず、でも外野でもなく、
ちょうどいい距離で書ける気がしたんです。

SNSみたいに盛らない。
ドラマにもしない。

淡々と、でもちゃんと熱を持って。

それが、今の僕にできることだと思いました。

この連載のスタンス

これは成功物語ではありません。

店を美化するつもりもないし、
継がなかった自分を正当化するつもりもない。

技術も、レシピも、経緯も、判断も。
どれか一つを切り取るのではなく、
店を形づくってきた全部を、同じ目線で残していきたい。

始めたのはnote。
今は無料記事として公開しています。

いきなり全部を出すつもりはありません。
まずは、どんな記録なのかを知ってもらえたら嬉しい。

数字の話や、より細かいレシピの部分などは、
きちんと整理できたら、形を変えてまとめることも考えています。

派手ではありません。
でも、何かを続けている人や自分の選択をふと振り返ることがある人には、きっと重なる部分があるはずです。

飲食店をやっている方や、小さな店を地道に続けている人には「ああ、分かる」と思ってもらえる瞬間があると思っています。

現在の進捗状況

今はまだ、整理しながら少しずつ公開している段階です。

質問と回答は、すでにかなりのボリュームがあります。
でも、そのまま出すと読みにくい。
だから、テーマごとに分解して連載にしています。

現在、noteでは第7話まで公開しています。

第1話
「40年以上続くうどん屋を、息子として記録することにした」

第2話
「父は最初から、うどん屋だったわけではない」

第3話
「父が、長い間変えなかったこと」

第4話
「変えなかった裏で、変え続けていたこと」

第5話
「夫婦2人で店を回す、という選択」

第6話
「増やさなかった、という結果」

第7話
「それでも、続けられなかった店の話」

ここまでは、レシピや具体的な技術論ではなく、
「なぜそうしてきたのか」という経緯や背景を中心に書いています。

続いてきた理由を成功談にするのではなく、
その都度の選択や状況として、淡々と残していく形です。

今は無料公開のみですが、
整理が進めば、より内側の話や、具体的な数字、細かいレシピの部分にも触れていく予定です。

https://note.com/dondonya_arc

おわりに

僕はどんどんやを継がなかった。
でも、この店があったことをちゃんと残したい。

記録に残すことも、ひとつの継ぎ方だと思っています。

だから、こういう形で関わる。

それが、今の僕の選択です。

イッチー
もしよければ、見てもらえると嬉しいです!

↑お気軽にお問い合わせください!

ではでは!



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